投資対象の選択を誤まる

鉄鋼業界のなかでも、大手の総合鉄鋼メーカーは転炉、連続鋳造、コンピューター制御といった技術の進歩に乗り遅れたうらみがある。一九六〇年代から七〇年代にかけて、アメリカの鉄鋼業界は日本などにくらべて研究開発や生産設備への投資を惜しんだわけではない。ただ問題は、投資対象の選択を誤ったことだ。

同じ鉄鋼業界でもブッヤパラル社のミニーミルのように比較的規模の小さい専業メーカーは、技術的に進んでいた。電気炉や連続鋳造法などを積極的に取り入れ、新しい経守アクユックを開拓し、協調的な労使関係を築いて労働コストを下げ(賃金そのものは一時間あたり二・五ドルと高いほうだったが、制限的な職場慣行がなかったおかげで労働コストが上がった)世界じゅうから新しい技術を収集し、顧客との連携を強めた。

当然ながら、最新技術から何年も後れをとったメーカーは後退し、技術的に進んでいるメー力ーは発展する。近年は後れをとっていた総合鉄鋼メーカーも外国のライバル社との差を縮めつつある(鉄鋼一トッを生産するのに要する労働時間は六・四時間で、日本の六・〇時間よりわずかに多いだけだ)。基本的な作業の生産性は日本のレベルにほぼ迫いついた(ただし、世界じゅうの鉄鋼メーカーを生産性の高い順に並べると、アメリカのメーカーは五位までにはいれない)と言えそうだが、鋼管や中厚板や薄板などの技術では、まだまだ日本、韓国、ドイツの最高水準には及ばない。

たとえば、ブリキの品質は連続鋳造、連続焼鈍(焼きなまし)、脱ガス、コンピューター制御などの技術を使って向上させることができる。一九八〇年代後半、日本の鉄鋼メー力ーはほとんど例外なくこうした技術を取り入れていたが、アメリカではこれらの技術をすべて導入していたメーカーはなかった。だが、過去よりももっと重大な問題がある。アメリカの総合鉄鋼メーカーが次世代の技術革新の波に乗れるかどうかだ。過去に技術革新の波に乗りそこなう原因となった問題点は改善されたのだろうか。

過去の失敗の多くは、組織の圧力が関係しているように思われる。平炉法が主流だったころ、鉄鋼メーカーの経営陣は平炉に多大な資金と技術をつぎこんだ。平炉を建造する業者からも、新しく開発された塩基性転炉(BOF)を導入しないよう鉄鋼メーカーに圧力がかかった。新型の転炉を設計する技術のないエンジニアリングの方面からも、BOF導入に反対の声が上がった。

耐火レンガのメーカーは、BOFを建造するのに必要な特殊な耐火レンガは作れない(あるいは作る気がない)と言って技術革新に抵抗した。いったんBOFが普及すると、こんどは作業の流れが速くなって、冶金品質テストの結果を悠長に待っている時間がなくなった。解決策は、コンピューター制御しかない。しかし、アメリカの鉄鋼メーカー幹部はコンピューター制御の導入にも難色を示した。BOFの中の極限状態に耐えられる検出装置の開発が難しい、あるいはソフトウェアの開発が難しい、という理由である。その結果、一九八〇年になってもアメリカのBOFには内部の状態をコントロールする満足なフィードバックシステムがなかった。